たとえば、推しがいるということ

激動の2020年ももう9月を折り返そうとして。時の流れとはこんなにも激流だったろうか。

春はどこいった?夏はいつ終わったの?

或いはわたしのカレンダーは、まだ2月27日のままだったりするのかしら。

 

2月27日がこんなにも意味を持つ日になるなんて、あの時誰が予想できただろう。

 

2月26日、天保十二年のシェイクスピアの2回目の観劇のため、わたしは東京を訪れていました。

緊張と興奮で吐きそうになりながら開場を待ち。あふれる涙を堪え切れずに拍手を送り。泣き止めぬまま日生劇場の赤い絨毯のロビーを視界の端で滲ませながらアンケートを書いたあの時のことを、今でもまるで昨日のことのように思い出せます。

 

そして27日、図らずも千秋楽となってしまったあの日。

羽田空港の喫茶店で、モーニングを食べてたあの日の朝。供給されたばかりの春ドラマのティザー映像とインタビューを見ながら、緩む顔を隠しきれずに飲んだコーヒーが美味しくて。本当はもっとゆっくりしたかったのに、仕事休めなくて(クソがっ)

飛行機乗って帰って来て、お出掛け用のお洋服から仕事用の普段着に着替えたり、荷物をほどいたりしてた時に、天保は今日で最後になってしまったことを知りました。

 

昨日、劇場のあのボックスに、こんな状況下でも舞台を届けてくださることに本当に感謝していますって、どうか最後まで無事に駆け抜けられますようにって書いたお手紙を入れたばっかりだったのに。あとちょっとで東京千秋楽だったのに。これから大阪だってあったのに。大阪初日と千秋楽のチケットだって取れてたのに。泊まるホテルだって予約してたのに。もっともっとお芝居みせてもらいたかったのに。こんなに大好きになれた舞台だったのに。どうして、どうして今なの。なんでこのタイミングなの。コロナウイルスってなんなの。どうして、どうして―――。

やり場のない思いでいっぱいでした。こんな簡単な言葉で言い表せてしまうのかと思うくらい、やり場のない思いだらけの毎日でした。

 

そんな中、4月から放送予定だったドラマも延期となり。朗読劇も中止となり。誰を責めることも出来ず。

なんとか自分を励まして、奮い立たせて。表面張力でなんとかギリギリを保ってる涙腺はふとしたきっかけですぐに決壊して、その度に、あぁやっぱりわたしは辛いんだ、今結構ギリギリなんだと思い知らされ。

 

もうこのままドラマも撮影できなくて、放送できないままになっちゃうのかも。お蔵入りとか辛すぎる。なんとかして届けてもらいたい。でも危険な状況下で無理に撮影とかして推しがコロナになっちゃうとかそれだけは絶対にやだ。あぁもうコロナめ(クソがっ)

撮影が再開されても不安は拭えず、どうか安全でいてほしいと祈るばかりでした。本当にただ祈ることしかできず、太古の昔、人類が宗教を生み出したその理由さえ分かった気がしました。

 

そんな未曾有の災害に見舞われながらも、わたしが知り得ないたくさんの方達の、想像さえ出来ない、努力なんていう簡単な言葉じゃ決して言い表せないほどの尽力のおかげで放送が始まったであろうドラマが、今夜最終回を迎えます。2月27日の朝、羽田空港でモーニングを食べながらティザー映像を見たあのドラマです。

もう半年以上も経ってたんだね。まるで昨日のことのように思い出せるのに。カレンダーをめくってきた記憶も曖昧で、なのにもうおしまいだなんて。

たかがドラマの最終回で何をそんな大袈裟な、そんなセンチメンタルになることもなかろうに、そうも思うけれど。けれど今回はやっぱりちょっと特別すぎる。

 

推しなんていなければ、壊れそうなくらいに悲しくて、やるせなくて、決壊ギリギリのところでなんとか踏ん張ってたあんな日々を過ごすこともなかったんだろう。コロナのせいで変わってしまった世界さえ、どうとも思わなかったかもしれない。

けれど、舞台やドラマがあったから、推しがいてくれたから、こんなにも嬉しくて、ドキドキして、さみしくて、今この瞬間がありがたくて、わたしの世界は色を持って。世界はこんなにも美しくて。

 

大切なものなんて人それぞれ。大切に思うのに誰の許しも必要ないし、その人の世界はその人のものでしかない。

けれど、たとえば推しがいるということ。それだけで、わたしの世界はこんなにも。

そんなふうに、ちょっと自慢したくなっただけのお話でした。推しは尊い

 

ドラマ最終回、どうか双子に救いがありますように🐉🐉