しあわせすぎてのぼせそうだった

もしもわたしに魔法が使えたなら、あの日のぜんぶを閉じ込める宝箱をつくろう。淡く薄れゆく記憶に抗うのも人間らしくて嫌いじゃないけど、一冊くらい「匣には彼女のすべてがみっしりと詰まってゐた―――」みたいな書き出しの私小説があってもいい。

空気も、温度も、匂いも、張り詰めた静寂も、爆発する熱量も制御不能になった感情も。眩しかった照明もステージの黒も濡れたマスクの冷たさも、音の洪水も『滅びし日本の姿よ さよならさ』て歌いながらわたしを射抜いたあの視線も。あの日のすべてを一瞬も一粒もこぼさないよう宝箱に閉じ込めて、鍵を掛けて、筆で『宝物』て書いたラベルを貼ったら。そっとキスして抱きしめよう。

 

思い出すことすら勿体なくて躊躇われる、わたしとエレファントカシマシ新春ライブ2022の思い出。こないだの続き。もう泣きそう。

(こないだのはこちら)

https://nandem0naihit0t0ki.hatenablog.com/entry/2022/01/14/021024

 

楽しみ、というにはあまりにも緊張が勝ち過ぎていた。吐きそうになりながら九段下の改札を抜け、ちゃんと息をしていないと過呼吸になってぶっ倒れそうだった。狭くなる視界、低下する血圧、乾く喉、襲い来る目眩、震える手。辞書を編纂する偉い人よ、【緊張】の項には是非あのときのわたしを載せてくれ。もうすぐここも人の呼吸でいっぱいになる、ていう高橋一生さんの言葉を思い出しながら気を紛らわせたりして、逃げ出したい気持ちと必死に戦う。会いたくて会いたくて会いたくて、会えるならと魂を売り払う準備も整え、懐刀を忍ばせ介錯頼まれたしとようやく辿り着いた武道館なのに。始まる前から怖くて怖くて半ベソだった。スタッフさんの着てるグッズのTシャツの真っ黒じゃない黒をぼんやり眺めながら、これも買おっかななんて考えていた。

 

興奮状態の記憶は残りにくいのだそうだ。

おぼろげな思い出の輪郭をなぞるのはとても愛おしく、そのたびにわたしは足元から溶けてゆく。何度も溶けてまた固まって、わたしはもうすっかり変わってしまった。人生はいつだって不可逆なんだよ。もっと早く出会いたかったと何度願っても彼らの歴史を辿ることしか出来ないように、もうエレカシに出会う前のわたしには戻れない。幸福な不可逆。

共に時を重ねてきた人達への羨望は拭い切れないけれど、それでもやっと巡り会えたこの奇跡を抱きしめながら生きていきたい。遅くなってごめん。ずいぶん遠回りしてしまった。わたしが辿り着くのを待っててくれて、今このタイミングを選んでわたしのところへ歌を届けてくれて、こんな素晴らしい時間を用意してくれて、ずっとエレファントカシマシでいてくれて、本当にありがとう。そんな想いがない交ぜになって、ステージに現れたその姿に涙が溢れた。始まりがうつらうつらだったのも号泣に輪をかけた。小鳥の声を歌う今わたしの目の前に確かにいる彼らに、何度も写真に見た幼いあどけなさと鋭利な純粋が同居する刹那の美しさを重ね合わせて、崩れそうになる膝に必死で力を込めた。一瞬も逃したくなくて、泣きながらも目を逸らさずに見つめ続けた。向き合いたいと願ったエレカシがそこにいた。涙で滲む視界は見たことのないしあわせの色をしていて、この世の彼岸だった。

エレファントカシマシ宮本浩次が支配する空間にいられるだけでたまんなかった。あぁわたしの貧しい語彙力よ。いろんな人達が言ってたみたいに宮本さんは王様だった。王様も、王様に食らいつくバンドも、全員が全員みんなカッコよすぎだった。おいオレ夢見てんじゃねぇかって何度も思った。カッコよすぎる生身のエレカシを目の前に、やっと平伏すことを許された気がして膝も腰も砕けそうだった。大好きな昔の侍の、大好きな『ああ さよならさ 滅びし日本の姿よ さよならさ』のことで宮本さんがこっちを向いてくれて、目が合って、号泣するわたしを笑ったように見えた時にはさすがに崩れ落ちたけれど。お隣のお姉さんあの時はすみませんでした。

 

夢みたいだった。夢だったのかも。夢だったのかな。夢だったとしてもいいや。おめえだよて怒鳴られて、とりあえず埋めようて言われて、死ぬのかいて聞かれて、花を飾ってくれよて言われて、いつでも大見栄きってかっこよくいたいと思ってくれるあなたのmy little girlになって、あらゆるこの世の悲しみを一緒にのりこえて、明日もがんばって愛する人に捧げて、おまえはただいま幸せかいと抉られて。ダメだねもう。思い出すだけで感情の蛇口は壊れて情緒が爆発する。コントロールできない。

 

励まされたとか勇気付けられたとか背中押してもらったとか、そんな言葉で表せるならきっとこんなに溺れなかった。白も黒も嘘も真も清濁すべて併せ呑んで、それでもこの世で生きていきたいと思わせてくれる音楽に出会えるなんて、わたしの人生にそんな筋書きが用意されてたなんて、諦めずに生きてきてよかったと心の底から思う。

折しもコロナ禍。大切にしたいものがいくつもあるのが人生なのに、大切を天秤にかけることを強制され、選択を迫られ続けてきた。誰が悪いわけでもない毎日に誰を責めることも出来ず、やるせない想いばかりが積もっていった。何枚の舞台のチケットをお嫁に出したことだろう。お嫁に出すことすら叶わず払い戻されたチケットは何枚だったろうか。乗るはずだった飛行機、泊まるはずだったホテル、着ていくはずだったワンピース、マスクで隠した唇にのせるはずだった新色の赤リップ。悲しみの果てに送る素晴らしい日々を心に信じて、折れそうな自分を何度も奮い立たせてきた。表面張力ギリギリのところで踏ん張るわたしを支えてくれたのは高橋一生宮本浩次エレファントカシマシだった。巡り会えたこの奇跡ごと宝箱にそっと閉じ込めて、抱きしめて、愛してるぜとひとり呟く。

 

世界はいつだって最悪で最低で、それでも世界は美しい。同じこの世を生きられる奇跡に、いつだってわたしはしあわせすぎてのぼせそうだ。

歩くのはいいぜ

出かけよう 明日も あさっても

また出かけよう

 

エレファントカシマシ新春ライブ2022に寄せて。宝物、ってお習字の練習しなきゃ。